古来、人々と自然が今よりもずっと身近な存在だった時代は、自然の中の現象はとても不思議で、不気味なものでもあったでしょう。
人は理解できない奇怪な現象、または怪奇(に見える)存在を、畏怖の念を込めて「妖(あやかし)」「もののけ」「魑魅魍魎」などと呼んでいました。
これが「妖怪」の始まりです。
日本の文化にとって、どんな事象にも霊的なものや神様が宿るという精霊信仰があり、その延長線上に「妖怪」の信仰も浸透しています。
「化け物」「お化け」のようにも言われますが、これは妖怪の多くが様々な事物に姿かたちを変えることができるからでしょう。
妖怪の中には人間にとって良いことをしてくれるものもいます。仕事を手伝ってくれたり、幸運を運んでくれたりする存在です。
人間に災いをもたらすと考られる妖怪ばかりでなく、基本的には楽しいことが大好きで優しい性格の妖怪たちも多く、仲良しになれることもあります。
ここでは、そんな出会うと縁起の良い、仲良くなりたい妖怪を紹介します。
福をもたらしてくれる妖怪 一覧
- 竜宮童子
竜宮からもたらされた、幸運と謙虚さを戒める子ども - 座敷わらし
座敷童子が住む家は幸せがもたらされ栄える言われている。 - ケサランパサラン
幸運をもたらしてくれるフワフワの白い毛 - 金霊(かなだま)
無欲で得の高い人の家にやってきてお金をもたらす - 金玉(かなだま)
手にした者の家は栄えると言われています - 迷い家(まよいが)
富をもたらす幻の家 - 山男
人間に親切なたくましい山の男 - 送り狼/送り犬
夜道を歩く人の後ろをついて守ってくれる - 天狗
赤い顔と長い鼻が有名な、山の神に近い妖怪 - 鬼
人間と共存したり、守ってくれる神様の別の姿 - 三吉鬼
お酒が大好きな怪力の妖怪 - 化狸(ばけだぬき)/妖狸(ようり)/古狸(こり・ふるだぬき)
化けるのが大好きな動物の代表格 - 尼彦入道(あまびこにゅうどう)
豊作と、その後の疫病の大流行を告げる予言獣 - 件(くだん)
災厄の予言を伝えるありがたい妖怪 - キジムナー
火を自由にあやつる沖縄の精霊 - コロボックル(コロポックル)
姿を見せるのを嫌い、こっそり魚を届けたりする - 麒麟獅子(きりんじし)
この世の魔性を祓う神の使者 - 猩々(しょうじょう)
お酒が大好きな森の賢者 - 水天狗円光坊(すいてんぐえんこうぼう)
羽黒山に参拝する人たちの往来船を守護する天狗 - 獏(ばく)
人の悪夢をくらう幻獣
福をもたらしてくれる妖怪を詳しく
竜宮童子
<竜宮からもたらされた、幸運と謙虚さを戒める子ども>
全国各地で様々な伝承があります。多くは、醜い姿をした竜宮童子から一度もたらされた恩恵に欲を出したり、童子を大切に扱わなかったことで、結果として元の貧しい身に戻される、といった伝説のある妖怪です。
例えば、貧しい商人が売れ残った商品(薪、花、正月の松)などを川の淵や海に捨てたところ、竜宮の使者から「品物のお礼」といって醜い姿の子ども(竜宮童子)を授かりました。その子どもは商人が望むままの品物を次々と出し、貧しかった商人はたちまち富豪になっていきました。けれど、醜い姿の童子を次第に疎ましく感じて追い出してしまったところ、これまで出された金品は全て失われてしまい、彼はもとの貧乏人に戻ってしまいました。
福をもたらしてくれる存在として、座敷童子(ざしきわらし)と似ていますが、違いとしては座敷童子は家に付き、人の目からは捉えるのは難しいというところ。その他、竜宮童子は、その人次第で付いてもいくし、離れてもいくのに対し、座敷童子は自らが付いていくか離れるかを決めるようです。
座敷わらし
座敷童子(わらし)は子どもの姿をした神様で、座敷や蔵に住む。座敷童子が住む家は幸せがもたらされ栄えるが、立ち去ってしまうと貧乏になると言われている。
岩手県を中心に東北地方で伝えられている妖怪だが、関東地方などの旅館や古い家にも現われるという。旅館に住みつく座敷童子は、夜になると出てきて、宿泊客と腕相撲をしたり、寝ている人間の布団の向きを変えたりする。座敷童子の姿を見ただけで幸せになれるという言い伝えも。
ケサランパサラン
<幸運をもたらしてくれるフワフワの白い毛>
妖怪なのか、未確認生物なのかはっきりしないのがケサランパサラン。白くて毛のようなものの塊で、風に乗って飛んで来ます。つかまえて飼っていると幸せになれる、桐の箱におしろいと一緒に入れておくと増えるとも言われています。また、ケサランパサランは神社の祠(ほこら)にいることが多く、東北地方にたくさん住んでいるとされています。
その名前の起源はスペイン語の「ケ・セラ・セラ」がもとだという説、「袈裟羅・婆娑羅(けさら・ばさら)」という梵語がもとになっているという説、東北の方言という説など色々な言い伝えがありますが、はっきりはしていません。
金霊(かなだま)
<無欲で得の高い人の家にやってきてお金をもたらす>
金霊は日本に伝わるお金の妖怪や妖精のようなもので、お金の気、お金のエネルギーそのものを表す場合もあります。金の小判がたくさん集まって、お金の帯のようになった存在として描かれることも多いようです。
金霊が 入った家は栄え、出て行った家は滅びるといわれますが、信心深い徳の高い人や、無欲の人を選んでお金をもたらします。そこには、与えられた財を周囲にも還元できる人だからこそ、お金を与えているのだという意図があるのです。裕福になれるお守りのようなもので、これを大事に保存しておくと良いとする話が多い。
同じお金の妖怪に「金玉(かなだま)」「銭神(ぜにがみ)」という妖怪がいます。
金玉(かなだま)
名前のとおり、見た目は金色の玉、もしくは光の玉で、手にした者の家は栄えると言われています。東京都足立区では、轟音と共に家に降ってくると伝えられているそうです。
迷い家(まよいが)
<富をもたらす幻の家>
主に東北、関東地方に伝わる伝承の名です。訪れた者に富をもたらすとされる山中の幻の”無人の家”、またはその家を訪れた者について、こう呼ばれます。
これは「遠野物語」の第63話に登場しています。
小国の三浦某という家は村一番の金持ち。しかし三代前まではとても貧しく主の妻は少し魯鈍(頭の鈍い)人でした。
なぜお金持ちになれたのか…この奥さんがある日、河に沿ってフキを採りながら上流に向かっていたところ、立派なお屋敷が現われ、不思議に思いながらも門をくぐりました。とても広い庭やきれいな花畑、たくさんの鶏がのどかに歩き回っている。お屋敷の奥では火にかけた鉄瓶が沸き立っているものの、お屋敷の中には誰もいません。入り込んだ奥さんは「さては山男の住まいか」と恐ろしくなり慌てて逃げ帰りました。
あまりに怖くて身一つで逃げ帰った奥さんは、後日川で洗濯していたとき上流から赤いきれいなお椀が流れてきたのを見つけて持ち帰りました。
それを穀物を計る器として使い始めたところ、すくう穀物がまったく減らない!そのお陰で家は貧しさから解放され、ついには村一番のお金持ちになったというお話です。
似た説話では「舌切り雀」や「金の斧」などが上げられます。つまり”無欲こそが幸運の一番の近道”と伝えられているのですね。
山男
<人間に親切なたくましい山の男>
山男は毛深く、逞しい姿をしています。人間の言葉の意味を理解して、言葉を話せるものもいます。
お酒や塩、食べ物、煙草をあげると荷物運びなど、人間の手助けをしてくれることがあります。
神奈川県小田原市では市場に山男が魚を持ってきたという話があり、その後飛ぶように山の中を歩き、最後は見失ってしまったとか。
おとなしい性格で、『根は優しくて力持ち』を地でいく妖怪ですが、一方で人間を襲ったり見ただけで病気になるとも言われています。同じ山の妖怪に、一つ目の「山童(やまわろ)」や、「山姥」「山女」「山爺」などがいます。
送り狼/送り犬
<夜道を歩く人の後ろをついて守ってくれる>
夜中に山道を歩くと後ろからピタリとついてくる犬が送り犬です。もし何かの拍子に転んでしまうとたちまち食い殺されてしまいますが、転んだのではなく少し休憩をとったような振りをすると襲うことはない、など行動には地域によって諸説あるようです。
昭和初期の『小県郡民譚集』(小山眞夫・著)にはこのような話があります。
長野県塩田に住む女性が、出産のため夫のもとを離れて実家に戻る途中、山道で産気づき、その場で子どもを産み落としました。夜になって何匹もの送り犬が集まってきて、恐ろしくなった女性は覚悟を決めましたが、送り犬は襲いかかるどころか、山中の狼から母子を守ってくれたり、仲間の一匹が夫を引っ張ってきて再会することができたため、送り犬に赤飯を振る舞ったといいます。
関東地方から近畿地方にかけての地域と高知県には、送り狼が伝わっています。送り犬同様、夜の山道や峠道を行く人の後をついてくるとして恐れられる妖怪で、転んだ人をを食い殺してしまうなどと言われるが、正しく対処すると逆に周囲からその人を守ってくれるとも言われています。
好意を装いつつも害心を抱く者や、女性の後を付け狙う男のことを「送り狼」とよぶのはこの妖怪伝承が由来とされています。
夜道をついてくるというにた妖怪に「送りイタチ」「べとべとさん」「ビシャガツク」「後追い小僧」などがいます。
天狗
<赤い顔と長い鼻が有名な、山の神に近い妖怪>
日本の代表的な妖怪である天狗は山の神様でもあります。山伏の服を着て一本下駄を履き、長い鼻と赤い顔、背中には翼があり、自由に空も飛べるといいます。「陰」や「魔」を剣で断ったり、ものすごい風を起こせる”天狗のみの”という団扇で祓うのが得意です。
天狗は武芸の達人であり、その技を学べば戦いに負けることはないといわれています。
いたずらも好きな妖怪ですが、修験道や山岳信仰のある地には縁が深く、参拝者を守ってくれる「護法善神」として礼拝されています(護法とは、密教の奥義を極めた高僧や修験道の行者・山伏たちの使役する神霊や鬼神のこと)。
鬼
<人間と共存したり、守ってくれる神様の別の姿>
鬼は、多くの伝承や物語では怖くて悪い存在と思われていますが、素直な部分があり策略謀略などは好まない妖怪です。
一部には人間と共に力を合わせたり、人々の営みを守ってくれる存在のものも語り継がれています。
特に津軽・岩木山の鬼は、山や川の自然界のように、厳しさと恵みを合わせ持つ神のような存在です。昔語りでは、山から里におりてきて困っている人々を助けて働き、時には一緒に遊ぶこともある、やさしい心と大きな力を持った頼れる兄貴分のようです。
現在でも、災いを払ったり、子供の成長を見守ってくれる尊い神様として大切に思われています。
三吉鬼
<お酒が大好きな怪力の妖怪>
ものすごい怪力の持ち主でお酒のお礼に仕事をしてくれる妖怪が三吉鬼。どこからともなく人里に出てきて、酒屋で樽3つの大酒を飲み干したとか。酒屋の主人が代金を払ってもらおうとすると、お酒のお礼に何でも仕事をするという…これは人間ではないと思った主人が”薪が欲しい”と頼むと、その夜のうちにお酒の代金の10倍もの薪を置いていってくれました。村の土木工事をお願いすると一晩で終わらせたという伝説もあります。
三吉鬼は、秋田県にある太平山・三吉神社(みよしじんじゃ)に祀られる鬼神「三吉(みよし)様」と同一ではないかと言われていて、神社に祀られている三吉様が、時おり鬼の姿でお酒を呑みに人間の前に現われたのではないか、とも言われていますよ。
化狸(ばけだぬき)/妖狸(ようり)/古狸(こり・ふるだぬき)
<化けるのが大好きな動物の代表格>
野山に棲息している狸が人を化かしたり不思議な行動を起こしたという説話が昔から伝えられています。
江戸時代から大正にかけて大きな勢力をもった有名どころとして新潟県佐渡島の「団三郎狸」、徳島県の金長狸、六右衛門狸、香川県の太三郎狸、愛媛県松山市のお袖狸などが挙げられます。これら特別大きな神通力をもつと考えられた狸は自社や祠などが造営され祀られています。
近代では日露、日中戦争に従軍して戦ったという「軍隊狸」という狸も。
尼彦入道(あまびこにゅうどう)
<豊作と、その後の疫病の大流行を告げる予言獣>
アマビコ、天日子、海彦とも表記されます。アマビエも同様な存在です。
肥後国熊本のほか各地に伝わる妖怪です。海中などから出現して吉凶にまつわる予言めいたことを言い残したとされます。
江戸時代後期から明治中期にかけての資料で確認されており、その内容の多くでは、三本足などの異形の生物で、人間の言葉を話し自分の名前や「人間の大多数が死に絶えること」あるいは「豊作や疫病が発生すること」、そして「自分の姿を書き記した者は難を逃れることができること」を告げて去ったということが伝えられています。
主に海に出現したとされていて、「アマビエ」を含め夜、光っていたという例もあります。
外見は体毛に覆われ(顔は無毛、坊主頭の例あり)三本足か四足動物のようで猿のような声を発するとも言われています。
件(くだん)
<災厄の予言を伝えるありがたい妖怪>
予言獣といえば「件」も有名です。江戸時代から出現の記録が見られるようになりました。名前の漢字が示す通り、人と牛が一体になった姿(顔が人間、体は牛)をしている妖怪です。生まれてすぐに人間の言葉で予言を言い残し、三日で死んでしまうといいます。
予言の内容は豊作や凶作、疫病の流行などです。
そしてアマビコ同様、厄除招福の方法として「自分の絵姿を見る、書き写すこと」と教えてくれます。
キジムナー
<火を自由にあやつる沖縄の精霊>
キジムナーは沖縄の代表的な妖怪。赤い体、赤い髪の毛をしていて、わずかな隙間でも家に入り込んできます。その住みかはガジュマルの古い木で、彼らの住んでいる木を切ると、怒って家畜を殺されたり、その人が持っている船を海に沈められたりもします。現在でも”見た”という人が多く、沖縄県名護市にあるガジュマルの木”ひんぶんガジュマル”はキムジナーが今も住んでいると言われています。
地域によっては、真っ黒い姿や木の枝のような手足をしていたり、ホウキに似た姿のものもいるとか。
妖怪らしく恐ろしいところもありますが、仲良くなると漁を手伝ってくれる楽しい妖怪です。
コロボックル(コロポックル)
<姿を見せるのを嫌い、こっそり魚を届けたりする>
コロボックルはアイヌの伝説に登場する小人。アイヌ語で「フキの葉の下の人」という意味を持っています。雨が降るとフキの下で雨宿りをするコロボックルの姿から名付けられました。
北海道十勝地方の伝説によると、コロボックルはアイヌの人々と品物を交換するなど仲良くしていましたが、彼らはとても控えめで決して人間の前に姿を見せなかったといいます。ある男が交換にやって来たコロボックルの手をつかみ明かりの下に引っ張り出したところ、美しい女性でした。これに怒ったコロボックルは呪いの呪文「トカップチ(水は枯れろ、魚は腐れの意)」と唱えて去って行ってしまいました。この呪文が「十勝」の地名のもとになったと言われています。
麒麟獅子(きりんじし)
麒麟は、中国の想像上の動物といわれています。この麒麟を頭につけたのが「麒麟獅子」。麒麟獅子は、この世の魔性を祓う神の使者として、主に鳥取県周辺地域や兵庫県 の人たちに信仰され、愛されてきました。
人々に幸福をもたらす芸能として、因幡国(現在の鳥取県東部)に古くから伝わる獅子舞で、「猩猩」といわれるあやし役に誘導 されながら登場する姿が有名です。
猩々(しょうじょう)
<お酒が大好きな森の賢者>
顔は人間、体は獣の姿をした妖怪です。人間の言葉を理解し、顔や毛まで全身赤いといわれています。
また、大酒呑みともいわれ、山梨県、岩手県、和歌山県、愛知県など各地で様々な伝承があります。
特に和歌山県の伝承では、ある若者が天神崎の立戸の浜で笛を吹いていたところ、その笛の音に聞き惚れた海に棲む雌の猩々が、笛のお礼にと自分の毛に針をつけて釣具として与えてくれたそうです。実はそれは餌が無くとも望みの魚が獲れるという万能の釣具だったのです。以降、その釣り場は「猩々」と呼ばれるようになりました。
また、愛知県南部の秋祭りでは、作り物の猩々の中に人が入り、祭りの中を練り歩くというパフォーマンスが行われますが、これには厄よけの効果があるとされています。
水天狗円光坊(すいてんぐえんこうぼう)
<羽黒山に参拝する人たちの往来船を守護する天狗>
山形県羽黒山に伝わる、毛色の変わった天狗。最上川を船で渡る人を守護する天狗といわれています。子の船便はかつては近畿地方、陸前、陸中など日本海側からの羽黒山を信仰する人たちの大半を送り届けたといいます。
獏(ばく)
<人の悪夢をくらう幻獣>
獏は、中国から日本に伝わった伝説の生き物、幻獣です。
人が眠っている間の夢を食べて生きるといわれていて、悪夢を見た後に「(子の夢を)獏にあげます」と唱えると、その悪夢を食べてくれ、もう見ずにすむと伝えられています。
中国では夢を食べるという言われはなく、寝具に獏の毛皮を用いると疾病や悪気を避けるとされ、獏の絵を書いて邪気を祓う風習もあったそうです。
日本には室町時代末期には縁起物として獏の図や文字が用いられていたり、江戸時代にも獏を描いた札や絵、獏の形をした枕も縁起ものとして扱われていたそうです。
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