神社では実在した人物が神として祀られていること(人物神)があります。
一つにはこれらの神様は生前の偉大な功績を称えて神として祀られたタイプ。地域に多大な貢献を残した人や、自らを犠牲にして民衆を救った人など、多くの人から尊敬の念を集めた人物が神社の祭神として丁重に祀られました。
一方では非業の死を遂げた・強い恨みを残して亡くなった人物を祀って鎮める(御霊信仰)という意味が込められています。そのような失意のうちにこの世を去った人物の霊魂=御霊(ごりょう)が災厄を引き起こすと考えられました。その御霊を鎮めるため、神様として神社に祀り上げるようになりました。
日本では古来から「人に神が依りつく」ともされ、またいくつもの氏族が神を始祖としていました。そのため、もともと人を祀ることにも抵抗が少なかったのかも知れません。
ここでは、そんな死後に神様になった偉人たちと、祀られている主な神社を紹介します。
神様になった実在の日本人一覧
早良親王(さわらしんのう)
桓武天皇の弟。長岡京の造営責任者の暗殺事件に関わった疑いで流罪に。無罪を訴えながら非業の死を遂げ、その祟りを鎮めるために祀られました。御霊信仰のきっかけを作ったとされる人物です。
*祟道(すどう)神社(京都府)
持統天皇(じとうてんのう)
天武天皇の后で、天武天皇が大海人皇子だった頃からずっとそばにいた鵜野讚良(うののさらら)皇后(のちの持統天皇)。夫なき後、自ら天皇となって国を治めたパワフルな女性です。
病に倒れた皇后の病気平癒を願って、天武天皇が薬師如来を本尊として薬師寺(奈良市)を建てたとされていますが、完成前に天皇は崩御してしまったため、その遺志を継いで完成させました。日本書紀にも、持統天皇が天武天皇に政治についての助言をしていたことなどが記されています。
この話から、お二人が「オシドリ夫婦」で、互いを想い行動できるご夫婦だったということが分かります。夫婦円満、病気平癒のご利益があるとされています。
*北桑名神社(三重県)、天武天皇社(三重県)
小野篁(おののたかむら)
平安時代の歌人で、百人一首にも選ばれています。和歌以外にも書道や絵画などマルチな才能を持っていたことから、芸能の神様として祀られました。
地獄の裁判官である閻魔大王の補佐官を務めたという伝説もあります。
*小野照崎神社(東京都)
菅原道真(すがわらのみちざね)
一流の学者で右大臣も務めましたが、左大臣の藤原時平に妬まれ、太宰府で非業の死を遂げました。その後、疫病や落雷などの災厄が続くと、道真の祟りかと恐れられ神様として祀られるようになりました。学問の神様、文化芸術、厄除けの神様として有名です。
*北野天満宮(京都府)、太宰府天満宮(福岡県)
安倍晴明(あべのせいめい)
平安時代中期の陰陽師。天文学を学び、物語集『今昔物語』などには不思議な力を示す逸話が記されています。その偉業を讃えた一条天皇の命により、神として祀られました。
*晴明神社(京都府)
平将門(たいらのまさかど)
平安時代、東国で民衆を救うために蜂起。自ら「新皇」を名乗ったため、朝廷軍に討たれました。京都で討たれた首が東国まで飛んだと言われ、首桶を御神体とした築土(つくど)神社や、兜を祀った兜神社など、東京都都内には将門ゆかりの神社が多数あります。なかでも神田神社は徳川家康らが将門の武功にあやかるため参拝したといわれています。
*神田神社(東京都)
崇徳上皇(すとくじょうこう)
保元の乱に敗れて流罪になり、最期まで帰京できず。直後、日本は武士の世に突入。明治天皇は、京都に白峯(しらみね)神社を創建し、上皇の御霊を遷し神として祀ることで、国家の安泰を祈願しました。
*白峯神社(京都府)
安徳天皇(あんとくてんのう)
高倉天皇と平清盛の娘の間に生まれた皇子で、清盛の政略で天皇に即位。しかし源平合戦の敗戦で8歳で入水。その冥福を祈り、赤間神宮の祭神となりました。
現代も天皇の命日には先帝祭という神事が行われます。
*赤間神宮(山口県)
源義経(みなもとのよしつね)
兄・源頼朝に従い、平家との戦で武功を上げましたが、頼朝に疑われ奥州で討たれました。義経の首は白旗神社に祀られ、以降白旗神社の明神として、武芸上達の神徳を持つ神様とされています。
*白旗神社(神奈川県)
楠木正成(くすのきまさしげ)
後醍醐天皇に従い鎌倉幕府倒幕に功労。その忠義に心打たれた明治天皇の命で、正成を祭神とする湊川神社が建てられました。5年に一度の楠公祭(なんこうさい)では武者行列が行われます。
*湊川神社(兵庫県)
織田信長(おだのぶなが)
数々の偉業を成した戦国大名ですが、実は朝廷の復興事業も行っています。それを評した明治天皇の命で建勲(たけいさお)神社を創建し祀りました。
数年に一度、信長が世に広めた火縄銃の演武が奉納されています。
*建勲神社(京都府)
上杉謙信(うえすぎけんしん)
毘沙門天の生まれ変わりを自称し、「越後の龍」と恐れられた名将。特に武田信玄との川中島の戦いが有名。米沢藩の藩祖として崇敬され、米沢城跡に神社が創建されました。
*上杉神社(山形県)
豊臣秀吉(とよとみひでよし)
天下統一を成し遂げた戦国大名。朝廷の権威復興に多大な貢献を残したことなどから、後陽成天皇より「豊国大明神」の神号をもらいました。
低い身分の生まれでありながら天下人まで出世したことから、出世の神徳があるとされ、豊国神社では秀吉の馬印であるひょうたん形のお守りが授与されています。
*豊国神社(京都府)
徳川家康(とくがわいえやす)
江戸幕府初代将軍。死後、朝廷より「東照大権現」の神号をもらいました。
家康の墓所がある日光東照宮(栃木県)は絢爛豪華な建築物や彫刻品で有名です。
*日光東照宮(栃木県)
大石内蔵助(おおいしくらのすけ)
「忠臣蔵」で有名な江戸時代の義士。内蔵助の故郷・兵庫県赤穂市にある大名神社では、他の47人の赤穂浪士たちとともに祭神して祀られています。
*赤穂大石神社(兵庫県)
二宮尊徳(にのみやそんとく)
二宮金次郎の銅像で親しみ深い尊徳は、江戸時代、農村の復興や藩の財政立て直し事業と数々の成果を上げ、邁進しました。のちに彼を慕う人々によって神社が創建されました。
*報徳二宮神社(神奈川県)
吉田松陰(よしだしょういん)
松下村塾で、高杉晋作・桂小五郎・伊藤博文ら、明治維新の功労者を育てた人物。
その松下村塾の跡に松陰を祭神とする松陰神社が創建されました。
*松陰神社(山口県)
西郷隆盛(さいごうたかもり)
明治維新の三傑として讃えられ、近代日本の礎を築きました。
墓所に建てられた南洲(なんしゅう)神社では、西郷の顔をデザインしたお守りが授与されています。
*南洲神社(鹿児島県)
東郷平八郎(とうごうへいはちろう)
大日本帝国海軍大将・元帥を務めました。日露戦争で自ら主要作戦を指揮して、ロシアの脅威から日本を救った偉業が讃えられ、祭神として祀られました。
*東郷神社(東京都)
明治天皇(めいじてんのう)
第122代天皇。王政復古の大号令を発し、明治に改元。新政府が樹立されると、日本の近代化を進めました。崩御ののち、国民の願いによって東京都の原宿に明治神宮が創建されました。
明治天皇、昭憲皇太后両陛下がとても睦まじいご夫妻だったことから家内安全、恋愛成就、良縁祈願はもちろん、厄払い、合格祈願など様々なご利益があるとされています。
*明治神宮(東京都)
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